格闘ゲームと友達

20才頃、こんな事もありました。
当時私は住み込みの新聞配達の奨学生をしていました。大阪の茨木市というところです。

朝刊・夕刊の配達と、加えてチラシの折り込みもあり、その状況で大学に通うわけですからほとんど自由時間と呼べるものはありませんでした。

配達所の2階が住居になっており、何人かが住み込んでいました。その中には、同じ奨学生の仲間もいました。

その彼と、一時プレイステーションの格闘ゲームにはまっていたときがありました。彼が僕の部屋を訪ねてきて、一緒にそのゲームをするのです。勝っても負けても、あまりそういうのは気にならず、ただただ楽しいと思っていました。

その彼は事情があって先に配達所をやめ、出て行きました。

彼が出て行った後

私はその後、そのゲームばかりしていました。有名な格闘ゲームでしたので、バージョン2が出て、3が出て、どんどん進化していきました。ゲームセンターにも行くようになりました。インターネットが徐々に浸透してきた頃だったので、そのゲームをキーワードとして人と出会うこともありました。

大変な時間をそのゲームの研究とゲームセンターで過ごしたものです。しかし、不思議なほどに、勝っても負けても虚しいというか、自分で自分がよく分からなくなってきました。

沢山研究してそのゲームに習熟したり、多大なる時間を投資している自分はそもそもいったい何がやりたいのだろうかと、あるときその疑問が頭を離れなくなりました。

そして気づいたのです。私はそのゲームが好きなのではなくて、その友達と一緒に遊ぶと言うこと自体が楽しかったのだと。勝つとか負けるとかは自分にとってどうでもよかったのです。それに気づくまでいったい何年かかったでしょうか。

それに気づいてから、そのゲームからは自然に離れました。

その経験から感じていることですが、自分が心の底から本当に求めているものと顕在意識の自分が求めていることは大変に違うものと言うことが現実にあり得ることだと思います。

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