人生に義務はあるのか

かつて、人生とは義務だらけなのだと信じていました。
例えば会話の時でも、ある決まった形式に従い、ある決まった意見を表明しなければならないと思っていました。予め決められたように行動し、自分の自由などどこにもないと信じてきました。

やがて、やるべきことをするだけの人生なら、自分の存在意義などどこにもないと、人生に絶望しました。自分にしか出来ないことを、オリジナルであることを、この世界が求めないのであれば、自分の存在意義はないと思いました。

大きく世界観が変わったのはシークレットに出会ってからです。なぜなら、自分は人生を作り出せる存在であることを教えてくれたからであり、不思議な世界の秘密の一端を教えてくれたからです。

それ以降、メンターも同じことを言いました。

この世界には誰かが指し示すやるべきことがあるのではなく、「あなたがどうしたいのか」に基づいて生きていいのだと。

それまで、どう生きればいいのか分からなくて答えを求めていたのに、「あなたはどうしたいのか」と聞かれてしまうと、私には答えるすべがありませんでした。それくらい、自分の意思や思いを軽視してきたことを知りました。自分の内部が跡形もないくらいに破壊されてしまっていたので、何も見当たらなかったのです。

今は、よく見えます。正解を押しつけてくる人たちは、恐れているのです。自分自身の人生を生きるのが怖いのです。自由になることが怖いのです。その人たちに囲まれていたら、大切なものを見失うかもしれません。

恐れの存在に気づきましょう。そして出来うるならば、ワクワクすることを選択していきましょう。分からなければ、これからもここで伝え続けていきます。

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