人生をかけて追い求めてきたもの

はじめに

今回のブログは少し今までと違います。
一番の題材は、45日間の大型研修を通しての思いになります。
なお、プログラムの中身に関することは書けませんし、聞かれても答えられません。
(正確には、言えることと言えないことがあるという意味になります)
その点はご承知おきください。

概略

まず、今回のプログラムへの参加ですが、実はあまり内容をよく知らないままに参加していました。そのせいでかなり勘違いしていた部分も多かったのですが、深く理解が進むと共に、今まで学んできたものと次元が異なることであることがはっきりと分かりました。私は今まで学んできたスピリチュアルや心理学の知識をベースに人を癒やすと言うことをライフワークにしていきたいと思っていましたが、あらゆる学問や知識を超える、予想を遙かに超える内容でした。
もったいをつけるのは好きではありません。結論を先に書きます。それは観術です。

人生をかけて追い求めてきたもの

これまで何年もかけて、一つ大きなテーマを掲げて追求してきたことがあります。それは、自分は何者なのか、どこへ進んでいこうとするのかという方向性です。言い換えれば明確なアイデンティティです。

私は自他共に認めるネガティブ人間でした。そこで問題なのですが、たくさんの人と出会う中で、多くの人が私に対して否定的な反応をしてきました。それは、多くの人の信念に反しているからだと分析しています。

多くの人は私を見て、私を変化させようとしてきました。しかし、私はそもそもどんな自分にもOKを出したいという強い想いがありましたので、自分を変えようとは思いませんでした。まず第一に、自分たちの方が正解側にいるからあなたを導いてあげるという力学を持った人には強い拒否感を持っていました。

あるときははっきりと主張し、あるときは無言のまま相手から離れました。

多くの人にとっての正解は、私にとっては絶対に行きたくない場所でもあったのです。その理由は、私は常に弱者の味方でありたいという根源的な思いがあります。弱者の味方であるためには、彼らと同じ場所にいて、同じ思いを体験して、その苦しみを知る必要があると考えていたからです。実際、弱者側の目線に立ってみれば、自分たちは正しい側にいるといわんばかりのポジティブ思考の人はかなり疎ましい存在です。

しかし一方で、このままではいけないという思いもありました。私は今後、人を導く人になる役割を持っていることを自覚しており、どこに導けばいいのかという目的地を探していましたが、なかなか見つかりませんでした。多くの人が属している相対世界(別の機会に扱っていこうと思います)には私が求める答えはなかったのです。そのことをはっきりと自覚していたため、探す場所には細心の注意を払っていました。もう、遠回りして無駄な時間を過ごしたくなかったからです。

境界線

結果として、私が探していたものは、探してさえもいなかった場所にありました。そしてそれは、今いる次元を超えることなのだと理解しました。そして、真に人を救える人とは、境界線を越えられる人であり、境界線のない人なのだと理解しました。

境界線を越えられる人と実際に向き合い、対峙したときにこれが自分の求めていたものだとはっきりと分かりました。
私は今までいろんな学びの場所に顔を出してきましたが、知識として語ることは出来ても本当に体得している人はほとんどいないものです。

恐らく私が認めるレベルに達している人は日本人の人口比率で考えても0.00001パーセントもいないでしょう。体験的にそう思います。しかし、それを学べるところなんだと知ったときに、本当の意味でのスイッチが入ったのです。

学習には様々な障壁がありました。そのことについては、また別の機会に扱っていきたいと思います。

これを読んでいる方に伝えたいこと

私が一番伝えたいこと。それは、観術を学べば、そして本当にそれを実践できれば、あらゆる人と本当につながると言うことを経験できると言うことです。あらゆるハウツーや探求、学びは逆に、目の前の相手とつながるための障壁になります。目の前の相手を理解するために、分類したり自分のフィルターや観念に当てはめて理解しようとして、本当に相手を理解することが出来ると思いますか?

私の経験から言えば、無理です。人を理解するために学んだ知識が、恐らくは目の前の人とつながるための障壁になるでしょう。人は相手に尋ねるよりも、自分の身につけた知識やフィルターによって相手を決めつけてしまう方が楽なのです。コミュニケーションを通して理解し合うよりも、自分の理解方式で決めつけてしまうものなのです。

自分の観点を残したまま、相手を本当に理解できるでしょうか?
自分にとって大切な人と、今のやり方で本当に理解し合えるでしょうか?

出来ると思うなら、自分のやり方を貫けばいいでしょう。
自分の思うやり方で、限界まで試せばいいと思います。
限界が来たと思ったら、思い出してください。
限界を超えるものがあると、私が言っていたことを。

まとめ

長くなりすぎると読んでいる人にも辛いと思いましたので、このあたりでまとめに入ります。

私は今年の4月からカウンセラーをしておりますが、心理学やスピリチュアル等の個別学問をベースにしたものではなく、観術をベースにしたものに変更いたします。なぜなら、観術はあらゆる学問の頂点に位置するものであり、また補完するものであり、自分が心の底から感服したものであるからです。観術が広まれば人間がバージョンアップし、あらゆる学問は今後は派生的に位置するものへと変わるでしょう。自分が心の底からいいと思えるものを伝えていきたい。そう思っています。

また、様々な形で情報発信していきたいと思います。今回は以上となります。
読んでくださってありがとうございました。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください