答えよりも大切なこと

私たちは、
驚くほどに、
何も知りません。

今回はひとつのテーマを扱ってみます。

ここ最近、「感情」を重視するという風潮が広がってきているように感じます。
私自身、この直近3年ほどは「思考を手放して感じる」ことを非常に重視し、意識して身につけるようにしてきました。武道の世界でも感覚を鋭くして思考がぐるぐるすることを手放すように奨励している向きがあるように思います。ブルース・リーもそのようなことを言っていました。

さて、よくあるセッション、セラピーで扱う感情ですが、今まで見てきた限りでは、「感情を見ていけば本当のあなたにたどり着ける」という文脈が重視されていると思います。心理学で言えばインナーチャイルドと言うことになると思います。

そして、小さい頃に身につけたトラウマなどを癒やしたりするのがセラピーやヒーリング。
あるいは、小さい頃の自分を思い出すことで自分が好きだったこと(そして大人になった今は忘れていること)を思い出し、その時の情熱を取り戻して自分に許可を出し、ワクワクに従って生きていこうというのが基本的なライフワークの考え方です。

生まれてきてから身につけてきたもの、そして時に歪んできたもの。そういったものを見直したり、修正していったりするわけです。

ここで扱う「私」「自分」のイメージは、以下のようなものです。
この世に生を受け、親からは分離独立した自分として独立して意思決定し、個人として意思決定できる自分。
交流分析でいうところの、親・成人・子供が総合したもの。
エゴ。それが今まで言われてきた「私」「自分」です。

ところで、生きていくうちに不思議なことに気づくことがあります。
それは、エゴに従うことが必ずしも幸せには結びつかないと言うことです。
エゴや自分があることで、逆に不幸を生み出すことが多々あります。

スピリチュアルの教えでは、ワンネスの考え方が提唱されます。
「あなたは私」などのフレーズがその象徴的なものです。

では、「あなたは私」でもいいのですが、では、「私」とは何者なのでしょうか。

脱線しました。

あなたは、いろんな人から影響を受けています。
そして、ほとんどの場合それは無批判に無条件に影響を受けています。

私にとってとても痛い経験は、「思考を手放す」です。
これが非常に重要なことだと言われてきました。そして、自分もそれを信じ、ひたすら思考を手放すように努力してきました。しかし、気づいたときには思考を手放しているのではなく、単に考えなくなっている自分がいました。手放すという言葉の意味も何度も確認して、理解した上で実践していたはずなのに、です。

考えないことと手放すことは違います。
この精密な違いを理解しないままで間違った努力をすると、本当に無駄な時間を過ごすことになってしまいます。
日本人は論理的思考が苦手な人種と言われています。
そして、苦手であるならば、むしろ努力して身につけていくべきものであると思うようになりました。

誰かが何かを言うときには、その背景や根拠があります。
それを正しく理解するように努めましょう。背景も根拠も抜きで答えだけ聞いてしまうと、「意味も分からず闇雲に答えだと思われることを努力している状態」になってしまいます。答えだけ聞くという行為は、決して自分のためにならないのです。問題意識とセットにして理解することで、真に自分のための知識になります。

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