生存本能

最近、朝日新聞がよく叩かれている記事を見かけます。
ひどいものになると「売国奴」などと書かれているものも見かけました。(週刊文春)

日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと」という本を最近読みました。このところ、本屋で戦争に関する本が入り口近くに並んでいるのを見かけます。

これから書くことは、合っているかどうかは分かりません。ただ、ふと思ったことがあったので書き留めます。

私は戦争によって日本がどのように変化したのかを部分的に見聞きする程度にしか知りませんが、例えばこの本によりますと敗戦直後の約1ヶ月以内であれば朝日新聞も強烈に愛国主義的な記事を書いていたようです。それが、GHQの検閲が開始されるとナショナリズムを煽るような記載は一切書かなくなったようです。

なぜなら、検閲に引っかかると発行停止だったからだそうです。発行停止は出版社にとって死活問題なので、検閲に引っかからないように新聞社としての主張を変化させていったことが最初の発端だと思います。それが、いつしか、自主検閲的な色彩を帯び始め、言われる前に自分で消してしまう、というような方向に変わっていったのでしょう。

当時の具体的な雰囲気としては、例えば

  • 一時的に国旗掲揚を禁止されていた。後に解除されたものの、解除後は誰も民間で国旗を掲揚する人がいなくなった。
  • 言われてもいないのに文部省は教科書から国歌を削除した。

などということがあったようです。検閲というものが恐ろしいあまりに、過剰に適応してしまったのでしょう。こういう反応の仕方は人間個人と同じだなと思います。厳しい人に常に見張られていたら、言われるのが嫌なので言われる前に自分から修正するようなことはあると思います。

人間でも幼少期の体験が大人になっても多大な影響を与えるというのは定説ですが、朝日新聞でも同じようなことが言えるのではないかなと思います。最初は親や他人から厳しくされていた環境だったものが、いつしかそれを内面化し、内罰的傾向を自分の内側に保持してしまうようになるのです。

人間でも新聞社でも文部省でも、ある時点である傾向を示すには必ず原因があるわけです。犯罪者は犯罪者になるしかないような環境で育ったのかもしれません。生存を左右するような恐怖に基づいて学習したものは人生を左右するほどに強力な上に無意識層に沈殿するため、変化させるだけでなくその前段階としてそれを自覚化するだけでも大変なことだと思います。

朝日新聞が今現在売国奴だと言われているとして、では、敗戦直後には極端なまでに愛国心丸出しの記事を書いていた新聞社がなぜ今そうなっているのか、構造を理解することが大切なのではないかと思いました。

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