働くこととは

100人いれば100人の、様々な職業観があります。

年齢による推移を考えてみたときに、ごく一般的な事例で言いますと小学校あたりでは実現可能性とは無関係に大きなを持つと言われています。これは別に野球選手になるとか宇宙飛行士、その他社会的にもインパクトがある職業だけでなく、単純にそれまでインプットされてきた情報の中で最も心惹かれるものを選んでいると言えるでしょう。

もちろん、これは一般的な事例のため、一般的でない事例も当然ながら存在します。

ここから年齢を重ねるほどに徐々に現実的な情報にもまれ、何通りかの分岐をしていくように思います。

分岐パターン

もちろん、小学校の頃の夢を叶えるパターンもその一つです。かなり希で幸運なパターンとも言えるでしょう。

起業家パターンというのもあります。自分自身のキャラクター分析をしたときに絶対に会社員は無理だという結論に達し、「起業するしかない」という思いで起業をされる方もおられます。

起業家パターンも種類が分かれており、とにかくお金が稼げればいいという方から、自分らしさやマイペースであることを重視する方、好きなことを仕事にする方、社会奉仕や社会に対するミッションを仕事にする方まで多彩な方がおられます。いろんな方と実際にお会いしてきました。

そして、当然ですが、会社員を選ぶという方が大多数です。これはそもそも理由を考えれば当然なのですが、何も考えなければ社会の仕組みがそうなっているからです。中学に行き、高校や大学に行くかどうかは人によりますが、いずれにしても卒業の時には進路を問われます。このとき、明示的にせよそうでないにせよ、「就職するのが当然である」という空気を感じる人も多いでしょう。新卒で就職するタイミングが最も有利だと言われていますので、このタイミングを逃すことは恐怖につながることもあるでしょう。

会社員について

さて、興味関心のある方なら広く知られた知識なのですが、戦後の日本教育というのは従順な会社員を育てることに特化されています。これは敗戦の影響であるwar guilt information programの影響が大きくあるようなのですが、とにかく自主性やユニークさ、自発性や個性は徹底的に否定され、感情なども徹底して抑えるようにプログラムされています。

幸運にも家庭環境などが良かったために学校教育の弊害を中和でき、基礎的な自己信頼感を失わずに育つことができた方はこのプログラムの影響をそれほどには受けずに成人することができるようです。

悪いケースを考えてみましょう。

私が度々興味を持ってお話を聞きに行くワークライフバランス社の報告によれば、近年の若者は親世代の働き方を見ることで、働くことへの希望を失っているという話が出てきます。例を挙げれば、長時間労働によって家庭内のコミュニケーションが壊滅的になっていたり、そうでなかったとしても金銭を得るために何の喜びもなく働いている親の姿を見てしまった子供は、働くことに何の喜びも見いだせなくなってしまうのです

これは世代間の時代背景にも原因があります。ここでは省略いたします。(WLB社のセミナーで度々語られる内容です)

働く喜び

働くことが喜びとイコールになっている人は、まだこの日本社会では少数と言えそうです。

もちろん、どんな仕事にも見る角度によっては喜びとして捉えられる要素はあるかもしれません。そのため、転職しなくても今の仕事で喜びを見いだすという考え方は常に考えてみる価値はあります。

しかし、物事のプラスの側面に目を向けるだけでは状況が改善しないケースもあるでしょう。実際のところ、人間の可能性というのは無限にあるものであり、一つのところに就職したと言うだけで人生がすべて決まってしまうと言うのもおかしな話です。

次の段階

一つの考え方として、好きなことを仕事にするというのがあります。実際に好きなことをして、それによってお客様が喜び、その感謝として対価を得られたとすれば、これはかなり上質の喜びと言えるでしょう。なぜなら、ここでは喜びと感謝の循環が起きるからです。逆に言えば、それ以外の何を選んでも、苦しさを選んでしまえばよい循環は起きないと思います。

そのため、好きなことを仕事にして人生を全うするというのは、1つの人生というライフサイクルの中でかなり最高レベルの完成形とも言えるわけです。

そして、またさらに違うベクトルの働き方があります。それは、人生の目的と働くことが完全に一致している働き方です。「自分の人生、自分という一人の人間が生まれてきた目的はこの目的のためにある」ということがしっかりしている人は、ミッションに生きていると言えます。この状態まで来るとライフワークと言えそうですが、つまり自分の時間というのは人生そのものとも言えるため、さらに言い換えればそのものなのです。自分の命を何に使うのか、これを極限まで突き詰めてそれに生きる状態というのがライフワークなのだと思います。

人の人生というものは、一体どういう状態であれば喜びや充足感を生むのでしょうか。皆がやっていることを、皆と同じようにやっていれば充実していると言えるのでしょうか。

個人のエゴの充足はどうでしょうか。高い収入などはとても高い満足感を生む目標になりそうです。私も、年収何千万の収入の方とお会いして話を聞いたりしてきました。好きなものを買って、好きなところに行って、そういう人生も悪くないかもしれません。

しかし、人の人生は何のためにあるのでしょうか。どうして人は考えるという能力を身につけてしまったのでしょうか。人生のゴールというのは何なのでしょうか。成功することが何よりも大切でしょうか。収入でしょうか。あるいは人間関係でしょうか。

人は、何をするために生まれてきたのでしょうか。人それぞれの答えはあるでしょうけれども、この時代に生まれてきた人間が共通して持つことのできる大きなビジョンというのはあると思います。そして、どんな人にもを賭けるほどに追求できるテーマがあると思います。人は、生まれてきた目的につながったときに心からワクワクできる生き物なのだと思います。そこに至るまでの道のりは時として果てしなく遠く見えるものですが、諦めることはないと思います。

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