出会いと投影(人は鏡)

この世界や人間の存在目的とは何かという問題があると思いますが、人間の存在目的の大きなものとしては、やはり出会いというものがあるのではないかと思います。

人との出会い、動物との出会い、景色との出会い、いろんな出会いがあると思います。

人として生まれてきて、誰とも出会わないというのはとても寂しいと思います。しかし、寂しいというのが問題の本質なのかというと、むしろ存在目的を果たしていないと言うことが問題の本質なのではないかと思います。

人は鏡(投影)

人は大人になると、様々な自分の人格の歪みに気づくことがあります。これを修正するのにかなり役に立つツール的考え方が「人は鏡(投影)」です。

人と出会う際に自分の感情がどのように動くかによって、自分が何を投影しているかが分かります。これは、自分という人間の偏りや癖を知るのに大変役に立ちます。

例を挙げますと、

この世界は問題だらけの人間ばかりだと思っているのであれば、それは、そのものの見方の中に、つまり、観点の中に問題があるのです。

他者がいつも自分のことを批判しているように見えるのであれば、それは自分が常に他者を批判しているからかもしれません。

この世は嘘つきばかりだと思っているのであれば、あなたが嘘つきなのです。

これは大変に痛い指摘になるのですが、基本的には、あまり人に指摘するよりも自分で自分の観点を内省することに使った方が平和的でしょう。(個人的な現時点の見解に過ぎませんが)

それに、その傾向が醸成されたのも、実際のところあなたのせいではありません。あなたもまた、環境によって作られた存在なのです。(第2の誕生をするまでは)

出会い

精神的な学びを追求していくと、ワンネスやこの「人は鏡」の概念にどうしても行き着くのですが、盲点があるようにも思います。

誰を見ても何を見ても「自分」だと言ってしまえば、出会いがなくなってしまうのです。これは、実につまらない考え方ではないでしょうか。

精神的な学びとは関係がなくても、自分の観点の中から出ることが出来ず、自分の価値基準体系に基づいてしか他者と出会えないのは結局出会えていないのと同じことではないでしょうか

出会い機能

では、出会いとは何か。どうすれば出会えるのか。今の人間はその出会い機能を果たして持っているのか、失っているのか。またの機会に書いてみたいと思います。

後は、例によってそれを言っている私は実際出来ているのかという問題もあるかと思いますが、意識して努力しているところです。恐らくは、私にとって最も遠いものであったからこそ、私にとって大きなテーマになるのだと思っています。

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