出会い機能

人間関係というものは、多くの人にとって避けて通れない課題でしょう。

人間関係を避けて通り、孤独の中を過ごすことも出来そうですが、なぜそのような孤独を選ばなければならないほどに、その人にとっては人間関係は避けたくなるものなのでしょうか。全てそうなるまでの構造・メカニズムがあります。

ハウツー

人間関係をよくするためのハウツーが巷に溢れています。思い通りに相手をコントロールする意図のものもあります。人に好かれるための方法論も、多くあることでしょう。

しかし、全ての人間関係、最も濃い人間関係である家族関係でさえも、すべてハウツーで乗り切れるものなのでしょうか。また、人はそのようにして全てをハウツーで乗り切ることで喜びを感じられるものなのでしょうか。

また、ハウツーを使っているあなたはどんなあなたなのでしょうか。ハウツーの鎧をたくさん着こなして、中身が見えないほどに武装して、その状態で人と出会うことで人間関係に何を求めるのでしょうか。

機械的条件反射

人間関係とはこういうものだ、という強烈な信念の元に、一生それにしがみついて生きることも出来ます。もちろん、実際のところ一生それを貫くことは可能なのだと思いますが、自分の外に出ることが出来ないと自分が何をしているのかさえ分からないと思います。

世間的に受け入れられやすい信念というのもあります。しかし、正解を振りかざして暴力的に相手をジャッジし、自分の信念体系から出ることが出来ない一生というのは、出会いのないとても寂しい一生だという風に言えるのではないでしょうか。

時代の背景

これを書いている2014年は、爆発的な情報化社会のまっただ中です。インターネットもそうなのですが、マスメディアを筆頭に、様々な情報や判断基準が氾濫しており、そのせいで人の脳は情報でいっぱいになっています。

シンプルに人と人が出会うと言うことが難しくなっている時代なのです。脳が忙しくて、目の前のものにただ出会うことが難しくなっているのです。

究極のシンプル

この複雑な時代であるからこそ、本来の出会いとは何なのか、逆に原点回帰する発想がとても大切だと思います。

究極を知るからこそ、その上の積み上げでのハウツーが生きてくると思います。

では究極とは何なのかというと、INPUTOUTPUTの2つ。出会いとはこの2つで成立していると考えられます。とてもシンプルです。ただし現代日本人の多くはこの出会い機能を失っていますので、もう少し掘り下げてみてみましょう。

INPUT

外を取り入れられることです。外の視点を取り入れられることです。”外と出会えること”とも言えると思います。

現代人は、特に現代日本人は様々な環境や時代背景、教育によって脳機能を破壊されている事が多く、すでに保有している自分の判断フィルターを通してしか五感情報を取り入れられなくなっているケースが多いです。

現代人の多くは「夢の中の夢」の中にいると揶揄されることもありますが、自分の夢から出られなければ出会っても出会っていない見ても見ていない聞いても聞いていない感じても感じていない、というような現象が実際に発生してしまうのです。

OUTPUT

実際に出会い機能を取り戻そうとする際に、INPUTとOUTPUTのどちらから取り組むのが先なのかといえば、OUTPUTです

なぜなら、頭の中に様々な過去にINPUTされたゴミのような情報が溢れかえっていて、それを排出して空っぽに出来なければ、出会うこともまた難しいからです。

人間関係をよくするために人の話を聞くことが大切だと言われますが、それよりもまず自分の中にあるものをOUTPUTできることがもっと大切です。必ずしも全ての人間が十分な愛情を受けてこの世界に安心感を持ち、自由にOUTPUTできるようには育っていません。

何をOUTPUTするのかといえば、「自分の中にあるもの」です。

ここでハウツーを持ち出せば、人に好かれるためにOKゾーンの自分だけを出そうという風になったり、また、過去に学習した何らかの情報をモデリングして、自分でないものを装ってしまうことにもなりそうですが、そんなことには意味がありません。

現代日本人の多くは本来理想とされる「無条件の愛」を受けたことがないため、自分の中にあるものを全てOKとはなかなか思えません。

従って、最も濃い人間関係においても役割に準ずることで自分の本来中にあったものを軽視し、放棄し、無視してしまうことにも繋がるのです。

INPUTとOUTPUT

出会いとは、中にあるものを出し(表現し、また伝える)、外にあるものを取り入れる。ただそのシンプルなものだと考えています。

外と出会うためには”自分を出なければ”ならないのですが、まずはOUTPUTから取り組んでみるといいと思います。

本当に思っていることを言えない人間関係の中、相手と何一つ分かり合うこともなく、せっかく出会った時間を終えることは、この相対世界に生まれてきた人間の存在目的を果たしていないとも言えると思います。

OUTPUTだけ、INPUTだけに偏ることもまた、出会い機能を喪失しているとも言えます。

複雑すぎる時代であるが故に、逆にシンプルへの回帰が必要なタイミングだとも言えるのではないかと思います。

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