「感謝」の構造

人生をよいものにしようとするとき、変革の起点となることの多い重要な教えが一つあります。
それが「感謝」です。
仕組みで整理すればとてもシンプルなことなのですが、落とし穴もあります。そのあたりのことを総論で整理してみたいと思います。

感謝の仕組み

一つ重要なことは、物事の解釈は自由だと言うことです。電車でホームで並んでいるときに順番を抜かされたとしても、それを腹の立つ出来事として取るか、感謝できる出来事として取るのかは自由選択意思だと言うことです。
出来事はニュートラルだという話を聞いたことがあるでしょうか。出来事に対して意味づけをするのは人間の持っている観点です。
無理矢理にでも感謝するという習慣を持つとなにが起きるでしょうか。例えば以下のような思い方に変化する事が多いでしょう。
・この出来事は自分の成長のために起きたことだ
・一見不快としか思えないこの出来事にどんな良い可能性が秘められているのだろうか
このことは構造として、結果的に状況の被害者でしかなかった人が、その状況に対して主体性を取り戻せると言うことです。従って、力を失っていた人が力を取り戻すのに強力なツールになるのです。

落とし穴

一方、人生を変革させる重要なツールである「感謝」ですが、これは上記の構造で考えたときに一つの観点に過ぎないことが分かります。従って、他者に強要するものではありません。
家族や近しい関係などでよく起こるのが、一見良いと思われる観点に基づいて相手をジャッジし、攻撃すると言うことです。おまけに、このとき言っている本人は、自分は良いことを言っていると思っていることでしょう。
ここが盲点になるのです。

まとめ

いかに人生を変革させる有用な考え方であろうと何だろうと、それは観点の一つに過ぎません。それを正しいと言い出したり、相手に強要したりそれに基づいて他者をジャッジするようになっては、人と良い協力関係を得ることが出来ません。
全ての戦争の原因は観点の問題なのです。自分が正しいと言い出したら、危険信号だと言うことを思いだして欲しいと思います。
被害者になっても、主体性を取り戻しても、自由なのです。全ての人が観点の違いを乗り越えて繋がれる社会の実現を目指しています。
そのためにはまず個人が、自分の自由を取り戻すこと。このお手伝いをしたいと思っています。

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