争いが起きたとき

争いの本質は、「自分が正しい」同士の戦いです。お互いに自分が正しいと思いながら一歩も引かなければ、恨みだけが残るでしょう。

自分は自分の観点で相手をジャッジし、相手は相手の観点でこちらをジャッジし、それが戦争の原因となります。

言っても仕方がないとなれば、自分の正当性を主張するためにありとあらゆる手を尽くします。勝つことでなにを得るのでしょうか。自分の正当性でしょうか。そこまでしてなぜ正当性を守ることが必要なのでしょうか。

観点

自分の観点から出たことがなければ、自分の価値判断基準でしか相手を見ることができません。

実は人間にとって観点を固定させることが最も苦しい生き方なのですが、お金や名声のある人は世間的に見れば自分の観点が「正しい」と思ってしまうため、最も悟りから遠い存在となります。

しかし、現実中毒の人に観点を超えて人と人が繋がる素晴らしさを伝えるのは難しいことです。

なぜなら、これこそが人類500万年間超えられなかった壁だからです。

自分の正しさを主張することに汲々とする人生はとても寂しい人生だと思います。

私が伝えたい世界

未だ人類が経験したことのない人間関係があります。

それが無知の完全性です。自分の知っている世界から自由になれたとき、初めてジャッジすることから自由になれます。

誰もジャッジし合わない関係。それは実在します。それは、相手を全肯定するとか無理に合わせるとか、そういうことではありません。

次元上昇して人と人が繋がる認識技術があればそれが出来るのです。私は、それを伝えることに人生をかけていきたいと思っています。

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