観点が出来上がる仕組み

秋葉原の無差別殺人事件を覚えておられるでしょうか。

世の中には物騒な事件が起きたりするものですが、通常の人間の反応としては、「ああいうのは良くない」という風に考え、犯人をバッシングすると思います。

国と国でも、ある国に対して批判的な考えを抱くことはあると思います。

仕組みで理解する

通常、人は自分の価値判断基準でしか対象物を見ることができません。

しかし、例えば秋葉原の事件の場合、あなたが犯人と同じ家に生まれ、あなたが彼と同じ環境の中で育ち、その中で思いを蓄積して大人になったとき、あなたは一体どういう人間になるでしょうか。

人の考え方は環境によって作られていると言うことを知らない限り、自分の考え方は絶対であるという殻を抜け出すことは出来ません。

全部自力で生きてきた人は、自力で生きていくことが良いことだと思うでしょう。

人に助けられて生きてきた人は、人生とは助け合いだと思うでしょう。

観点

すべてが、観点の問題なのです。

そして、人はすべからく、環境による産物なのです。自由意思を発揮していると思うかも知れませんが、よほど気をつけないと不自由の中の制限された自由かも知れません。

今日の晩ご飯をうどんにするかラーメンにするかというような自由ではないということです。

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