愛の定義

愛の定義は、してはいけません。

すれば、必ずその正義に基づいて暴力を振りかざすようになるでしょう。その正義を盾にして、何かを正当化するようになるでしょう。

愛とは、言語で定義できない絶対真理でもあるのです。

誤った使い方の例

赦すことが良いことだと思っており、自分では日々実践している。しかし、赦しを実践しない人を見てイライラしてしまった。

これは、「ねばべき」で努力していると発生してしまう事例です。

ライオンは子供を谷底に突き落とすという話のように、厳しさこそが愛だと信じ、暴力に訴える例もあります。暴力教師なんかもそうですね。言うことを聞かなければ暴力に訴えてでも命令に従わせる。これは、愛ではなく恐怖がベースになっています。

なお、何かをすることだけが問題なわけではありません。何かを「しない」というのも暴力に含まれます。

学生達の間でいじめの代表例として「シカト」があるのは理解できるところではないでしょうか。認知されないということは人間にとって激しい苦しみをもたらします。

まとめ

つまり、「愛とは〜だ」などと言語で定義してしまうと、非常に危険なことになると言うことです。

自分(達)の間で通用する定義に基づいて、正義を振りかざすようなこともあるかも知れません。

そもそも、戦争とは正義と正義のぶつかり合いでもあったわけです。

愛とは価値判断基準で定義できるものであってはならず、それを超越・包含するものでなければなりません。

その、認識を次元上昇させる認識技術によって、世界は分離から統合へと向かうのです。

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