人は一人なのか

20年ほど前に私が出会ったコミックで、ずっと気になっていた台詞がありました。それは、

人間ってさ……1人じゃ立ち上がれない時があんだよ……たとえ……自分の力だけで、立ち上がれたとしても…そん時さ…何かを…失くしちまう気がすんだよ。

(Bバージン)

というものです。

私は、この言葉の意味を知るために長い時間をかけました。

というのも、私自身は人に助けられたところも確かにあるのですが、大部分において一人で生きてきたからです。

その後両極端を知り、そしてそのメカニズムを知りました。

一人で生きること

残念ながら、人の判断基準は6才までにそのほとんどが作られてしまいます。そのため、この重要な時期に傷つくことが多かったりすると、極端に守りの姿勢で一生を生きていくようになります。

もちろん、十分に愛情を注がれて育つことが出来れば、OPENに生きやすい条件が整っていると言えるでしょう。

防衛的になり、分離のアイデンティティーを強く持っている場合、周囲に人がいても孤独を感じるようになります。それは、心をOPENに出来ないからです。いつも表面を作っていたり、装っていなければならなかったりすると、その分だけ他者との間に何重もの鎧を着ていることになります。それでは、出会いの喜びを感じることが出来なくなるのです。

全てをメカニズムで捉えること

最初に引用した台詞ですが、人は、実際のところ生存をかけた戦いの場では、一人で立ち上がることが出来ます。しかし、その時本当に大切なものを失ってしまうのです。

今の世の中は本当に、他者と自分との分離が激しい時代です。

しかしそれは、それほどに幼少期に傷つく経験が多かった、とも言い換えられると思います。あるいは、分離を促進する環境や教育があったとも言えるかも知れません。

分離のアイデンティティーを持つことと、独立した意思決定が出来ることは違います。

誰かが苦しんでいても自分には関係がない。そのようなアイデンティティーは錯覚であり、人類が乗り越えるべき共通の障壁だと思います。

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