分断から統一へ

先日図書館で借りてきた本(「GHQの日本洗脳」山村明義、光文社2014年)は大変面白い本で、色々とご紹介したい内容があったのですが、その前に返却期限が来てしまったために今回で一応完結となります。

しかし、この本に限らず左と右、主張の対立などについては調べるととても面白い記事にあたりますので(例えばここ)、皆様も日本人であれば一度はご興味をもたれた方が良いかと思っています。なぜならば、自分たちが何を失ったのか知るきっかけになるからです。何を失ったか知ることが出来れば、何を取り戻せばいいのかも分かってきます。自分という人間が自由意思を持っていて自由に思考発想できる存在だと思うのはとても危険なことで、自分がどれほどに環境の影響を受けてきて、不自由な存在なのか知ることが、大切だからです。

ここで出てくるコンセプトは、分裂であり、それは分割統治(戦後の占領政策)と繋がるところであり、時代の課題を大きく示していると言えます。その重要コンセプトとは、「分裂から統合へ」だと私は思います。

SCAPIN

GHQが占領政策の中で日本政府に出した命令はSCAPINと呼ばれ、事実上の強制力があったとされます。ここでは、一つだけ例を引用してみたいと思います。

例えば、朝日新聞は昭和20年9月にGHQにより発行停止に追いやられています。その理由は鳩山一郎氏による「原子爆弾使用に関する非難」を掲載したことであり、後にその発言をした鳩山一郎氏は公職追放になっています。それ以降、朝日新聞はGHQに不都合な記事を書くことに対して「自主的に」天皇報道レベルの神経を張り巡らせてきたと言うことです。昭和22年には事前検閲から事後検閲に切り替わったそうですが、メディアにとって発行停止は死活問題であり、事後検閲で引っかからないように記事を自己訂正するというのは、それ以降も続くようなある種の社内文化を創ったと、想像できないでしょうか。

自由、平等、反権力を掲げる左翼的思想は、ある種の美しさを持ちますし、理想のように思えることもあります。しかし、国を愛し、歴史郷土を愛する心を失い、ただ個人主義に走ってしまえば、根無し草のようになってしまうと思います。根無し草は自由に見えますが、生きる方向性がなくただ自由なだけでは大変に苦しいことであると私は考えるのです。どれほどの日本人が自分の国に対して誇りを持っているでしょうか。

個人を大切にすることと所属する母集団を大切にすることは矛盾しないと思います。そして、その所属する母集団が国と考えればナショナリズムに繋がりますが、この際もっと大きくしてみてはどうでしょうか。せっかく今まで分断分裂の苦しみや弱体化を味わってきたのです。この圧縮を生かして、せっかくなので究極の大反転を起こした方が面白くないでしょうか。それが歴史の意思ではないか、そんな風に見ることもできるかも知れません。

繋がる技術

繋がる技術は人と人だけでなく、国と国さえ繋げます。それは、究極のシンプルから考えたときに全てに応用可能な技術だからです。扱うものは違っても、そこに違いはありません。これからの時代の革命とは、繋がる革命だと私は捉えています。そのために必要なのが、無個性化、画一化による団結ではなく、ありとあらゆる観点から自由になることが出来、真に独立した意思決定が出来る個人による団結が必要であると思います。

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