村上春樹

昔の思い出話になります。

私がまだ、何をどう感じればいいのか、どう考えればいいのか、どう生きればいいのか、どう人と接すればいいのか、何も分からなかった頃の話です。

何も分からないというのは恐怖です。なぜならば、分からないのに、現実は差し迫ってきますし、意見もないのに意見を求められるからです。自分のアイデンティティーなんてないのに、あなたはどんな人ですかと尋ねられているようなものです。

私は、とりあえず何かしらの防具と武器を身につけなければ、世の中に出ていくことは不可能な状態でした。なぜならば、その内側の自分は極限までの自己否定によって存在否定されており、ありのままの自分とか自分らしさが何なのかとか、それを認識することは当時不可能だったからです。今思い出しても言えます。その時の自分には不可能でした。

出会い

そんな頃、村上春樹の小説に出会いました。当時、彼の小説に出てくる主人公は感情もなく心を閉ざして、個人主義的で、個人としては大変強い人格を持っているように感じました。少なくとも、自我・アイデンティティー(自分が何者なのか)が明確に確立できていたと感じたのです。

私は彼の考え方や、主人公のセリフなどから強く生きていくためのエッセンスを学ぼうとしました。私はアイデンティティーが欲しかったのです。

今の自分なら、そんなことをする必要はなかったと言いたいところですが、当時は仕方なかったのです。

自尊心

強い発信力を持った人は影響力を持ちます。だけれども、その人は決して「正解」を話しているわけではありません。その人は、その人の「意見」を言っているのです。

自尊心を破壊され尽くした人が自尊心を取り戻すことは、正解に飛びつくことではないと思います。今の自分が尊厳そのものだと認識できることだと思います。嵐の中にいれば、嵐に対処するだけで精一杯になってしまいます。自分を知ると言うことは、嵐の外に出て、そこから自分を見つめることなのだと思います。そうでなければ、自分が何をしているのか分からないと思います。

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