出会いと鎧

この世界は安心できないと思いながら成長した人は、誰と接するときにも鎧を外すことが出来ません。

やがて、鎧を着た自分のことを本当の自分だと思ってしまうかも知れません。

しかしそれは誤りです。鎧は鎧でしかなく、本当の自分はその内側にあります。(鎧も本当の自分が作り出したものじゃないかと言われると、それはそうですが、ここでの文脈には反します)

さて、厄介なのは、一度も鎧を脱いだことのない人が人との出会いを楽しめるのかと言うことです。あるいは、誰かと出会ったときに、相手から見てこの鎧だらけの人を見てどう映るのかと言うことです。

これは非常に深刻な問題です。なぜならば、物理的には出会っているにも関わらず、本質的には出会えないという現象が起きてしまうからです。

この世界は出会いの世界であるにも関わらず出会えないというのはとても深刻なことなのです。

尊厳とメカニズム

誤解されても訂正しなかったり、適当に合わせたりしていないでしょうか。それは非常にまずいことなのです。なぜなら、相手があなたと出会おうとしたにも関わらず、あなたはその努力を放棄したのです。自分で自分の尊厳を放棄したのです。

しかし、この問題はとても繊細な問題になりますので、一概に私が問題だと騒ぎ立てて解決する問題でもありません。全ての問題にはその発生に至るメカニズムがあり背景があるからです。

この世に生を受けた瞬間には何の癖もありません。ゼロの状態です。人間は、ゼロの状態から環境の影響を受け、様々なものを身につけていくのです。鎧もその一つです。たまたま鎧が必要なかった人も、それは運が良かっただけです。

生まれた環境の違い

生まれた環境の運がいい、悪いで人生が決まってしまうことは、私のとても嫌いなことです。どんな人でも無限の可能性に立ち返ることが出来ないのであれば、本物の技術とは呼べないと思います。

幼児教育がもてはやされていますが、それは幼児期に何かを身につけることが最も学習効率がいいからです。では、この幼児期に大変なトラウマを抱えてしまった人はどうすればいいのでしょうか。もう一生無理なのでしょうか。そのように考えたとき、過去に身につけた認識をリセットできることが大変重要だと言うことが分かると思います。それが観術の教える認識リセット技術です。心は、もう一度自由になれるのです。

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