認識がすべての経験を作る

たとえ話でお話ししましょう。

例えば、私は、「どうせ自分の話は聞いてもらえないし、理解してもらえない」という思いを蓄積して人格形成をしました。その思いが世界を見るときのフィルターになります。それが発展してどうなったかというと、「どうせ聞いてもらえないから、自分の意見や考え感情はアウトプットしない」というパターンへと発展したのです。それがさらに発展すると、「そもそも自分が何を感じているのか、何が好きで、何を考えているのかさえ分からない」という状態へと最終進化したのです。

自分で自分をさっぱり分からない人間が、それでも世界と関わろうとするとき、やむを得ず外から答えを得て、それを武器に渡り合おうとします。年月をかければ、その答えと武器はかなり現実に有効に機能するものへと進化するかも知れません。

しかし一番問題なのは、どれだけうまくやり過ごしても、本体の自分がさっぱり幸せを感じられないと言うことです。当たり前です。本体の自分は常に抑圧されているわけですから。その状態で尊厳で生きることなど不可能なのです。

では本体の自分は一体どんな人間なのでしょうか。ここで心理学の知識が役に立ちます。力学の知恵も使えます。そして何より、それらすべてを使う自分の視点が次元上昇してなければいけません。中にいれば、自分で自分のことなど分からないのです。結果の世界に生きている状態でいくら分析しても絶望するだけです。それが心理学の限界です。そこから先があるのです。

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