意思決定の根拠

10年以上前に発売され、今でもその価値が色あせない名著というものがあります。

その中でも一つ、「7つの習慣」(スティーブン・コヴィー)というものについて書いてみたいと思います。

私にとってこの本の革命的な学びであったのは、「刺激と反応の間に自由意思を行使できる」ということでした。この本に出会った頃の私は20代の後半にさしかかった頃でしたが、自分の持つ人間関係のパターンに苦しんでいました。常に自己否定が無意識的な自動反応として発生しますし、なぜか人に馬鹿にされるようなことを脅迫観念的にやってしまうという癖がありました。自分でも嫌な癖だったので止めたかったのですが、止めてどういう自分になればいいのか分からなかったのです。その限定されたパターンの自分しか知らず、それ以外の人との接し方を知らなかったからでした。

ただし無意識的なパターン反応しかできない自分は嫌だったので、この自由意思の行使というものは自分にとってこの頃から最優先の重要度で意識して取り組んできました。しかし、当たり前なのですが、自由意思を行使すると言うことは、自分が自由な意思を持っていなければならないのですが、感性も破壊されて自己否定的で、自分の感情も良く分からない状態だった自分が自由意思を与えられても、どうして良いのかさっぱり分からなかったのです。

その状態の自分では恐らく、誰か教祖的な人のところに行ったとすればそこの信者になってしまったでしょうし、カウンセラーのところに行って話を聞いてもらったとしても、きっと何の役にも立たないと腹を立てたことでしょう。(今でも私は一般的なカウンセラーなど役に立たないと思っています)

結局、意思決定の根拠とも言える「自分」を取り戻すと言うことは、自らを癒やすというところと密接にリンクしているのです。ここで間違いやすいのが、インナーチャイルドを最優先にしてしまうと言うことでしょう。「癒やし=インナーチャイルドを大切にする」というのはよくカウンセラーが持ち出す考え方ではありますが、これは根本的に正しくないです。なぜならアイデンティティーの定義が正確ではないからです。

ただし大枠の考え方としては、全く間違っているわけでもないという、非情に微妙なところでもあります。結局、アイデンティティーの問題なのです。

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