無限の可能性に生きる、愛

私が追求する中心テーマがこの2つになります。
多くの人にとって人生の中心課題であるものが最も自分自身から遠いものであるように、私も多分に漏れずこれらから最も遠い存在として生まれ育ちました。

なぜこれらが重要であると考えるのかというと、人間関係を含む関係性の構築において必ず障害になるからです。

分かりやすくするために、健康的ではない育ち方をした人を例にとって考えてみましょう。

ある人(Aさんとします)は、親から十分な愛情を受けずに育ったとします。心理学的な観点で言えば、条件付きの愛情だったとします。例えば、人より学業が優秀であることで承認され、受け入れられ、愛情を注がれたとします。努力家であることが条件かも知れませんし、常に明るいことが条件かも知れませんし、あるいは問題を起こさないことが条件かも知れません。親の言うことを聞く”素直な子”であることが条件かも知れません。色々なケースがあると思います。ここで問題なのは、「条件を満たすことでOKになれる」ということです。

Aさんはその条件を満たすことで自分はOKになれると考えています。それは自分の存在を守ることと同義であり、生存欲求と直結するため、ある種生命を守る事と同じくらい重要な意味を持つようになります。その条件を守ることはAさんにとって自らの生存欲求を守ることと同じくらい重要なことになります。Aさんの持つ価値観のうち、優先度が最も高いものになるのです。しかも、価値観と言っても普段は意識すらされない無意識層の深い部分にある信念体系になってくるため、そのことを認識することさえ難しいと思います。なぜなら、呼吸することと同じくらい当たり前のことだからです。

一人で生きていく分には、それでも問題は無いかも知れません。しかし、必ず関係性で問題が起こります。その問題とはAさんが自分のこととして考える問題かも知れませんし、Aさんが相手の中に観る問題かも知れません。自虐か他虐かの違いしか無く、本質は同じだと考えています。この世界で起こる問題は基本的には全て関係性の問題だからです。

条件付きか、無条件か

条件付きでしかOKになれない人は、自分の条件がとても大事です。そして、その条件を満たさなければならない本質的な不安と恐れを抱えています。その不安と恐れが他者に投影され、問題が他者に映し出されるわけです。

無限の可能性で生きることがなぜ大事なのかというと、自分がOKになるための条件が必要ないからです。条件なしで自分をOKと思える人は、他者に対しても条件なしでOKだと思えます。つまり、この段階に来ることでようやく良好な人間関係が築けるようになるわけです。逆に言えば、条件が無くならない限り、常に自分と他者を価値判断し、裁きながら生きていることになります。この認識に達していない状況でテクニカルに人間関係のスキルを身につけたとしても、所詮は全て表面上のものに過ぎません。

そして、それこそが心理学で言うところの”I’m OK. You’re OK.”の態度に繋がり、健康的な自己肯定感、他者肯定感に到達できることになるわけです。
しかしながら、難しいのは条件を外していく作業です。この難易度は人によって様々でしょう。もしかすると容易に達成できる人もいるかも知れません。それは最初から健康的な家庭環境だったと言うことの証であり、運がよかったと言うことになります。

難しいのは幼少期や小さい頃に大小様々なネガティブな経験をしている人です。人生がネガティブ出発の人は、基本的・基礎的自己信頼感・自己肯定感が少ないと言うことになります。つまり、”I’m not OK.”であるということです。この人は、人様々な違いはあれど、OKになるために様々な外的条件を満たそうとすることでしょう。要するに、ありのままではOKではないと考えているため、OKになるための外的条件を取り入れ、その条件に固執することになるのです。ありのままでは生きられないのです。あるいは、最早ありのままがどんなものかさえも分からないかも知れません。人生で苦しい出発をした人の方が大人になってからも苦労する、というのは大変不幸な世の中の仕組みであると思えますが、その点についての言及はここでは避けましょう。潜在的な苦しみを抱える人ほど「自分が正しい」に拘り、またそれが起因して人間関係のトラブルを抱えてしまうというのは、何という不公平でしょうか。

そのように書くと特殊な例に思うかも知れませんが、大小の差こそあれど、そのような事例はごく当たり前のことです。なぜなら、人間にとって条件なしの愛になることはある種悟ることと同義であるからです。人間にとって簡単に実現できることではありません。

条件付きでしかOKになれないと考えている人が、もし無条件にOKだと本気で思えるようになったら、その人は一体何をするでしょうか。無意識レベルまで自分が無条件にOKだと思えたら、人は一体何をするのでしょうか。それこそが人間が到達できる最高レベルに「自分らしい」状態であると考えています。

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