よい人生

より良い〇〇

より良い人間関係の構築方法、

より良い社会人であるための方法論、

より良いパートナーシップを築くための方法論、

世の中には多種多様な人生を「より良い」ものにするための情報が溢れています。昔からそのような情報はあったのかも知れませんし、書物やその他の情報媒体によって伝達されてきたものもあったかも知れません。しかしながら、ここ約20年間のインターネットが台頭してからの爆発した情報化時代は少し過去の状況とは違うと思います。もちろん、テレビが登場してからも一つの区切りとして情報が溢れる時代へと変化したはずです。

情報の洪水

私も多分に漏れず、情報の洪水にさらされ続けてきました。より良い〇〇になる方法、より良く〇〇になれる方法、たくさんの情報に接してきたあげくに最終的に到達した疑問がありました。

果たして、山ほどの知識や情報、ハウツーを蓄積したら本当に幸せになるのでしょうか?

〇〇の自分になれば、

〇〇を手に入れれば、

〇〇をすれば、

成功者になれる、成功する、幸せになれる、うまく行く。世の中にはそんな情報が溢れています。

しかし、本質的なところから考えたとき、真に満たされた人はそもそも「より良い人生」など求めるものなのでしょうか。自分が何者なのかを知り、自分が何を求めているのかを知り、そこに基づいて目標設定する人は、本当に果てしなく「より良い〇〇」を求めるのでしょうか。

潜在的動機に振り回される人類

何かを求めると言うことは、対照的にその人の内面に飢餓感があると言うことを意味します。満たされず、何かが足らない、この欠落意識から何かを求めている限りにおいて、表面的に何を手に入れても決して満たされることはありません。なぜなら、最初の動機が欠落意識にあるからです。欠落意識に基づいて何かを手に入れても、最初の動機が解決するわけではないのです。つまり、動機の中に本質的に含まれる問題が解決しない限りは、本当に幸せになることは不可能だと言うことです。

世の中の多くのセミナーは、「より良い〇〇」になるための知識を提供してくれるかも知れませんが、何かを学べば学ぶほどに、その学んだ知識や思想体系で自分や他者をジャッジし、値踏みするようになりがちです。

一見、人生が良くなったように感じられますが、その実、不自由になり、無限の可能性を失い、他者を裁くようになってしまうのです。これは世間一般に氾濫する「学び」が潜在的に持っている問題だとも言えます。

特殊な進化の方向性

それでは、人は何も学ばず、今のままで何も進化せず、成長せず、戦争を繰り返し、それでいいのでしょうか。私は違うと思います。今の時代に求められる進化の方向性とは、✕から〇へと移動するベクトル(方向性)ではなく、人間を究極的に自由解放するものである必要があると思うのです。それが今の時代に求められる進化ベクトルの特殊性だと思います。

そしてその全く新しい究極の学びとは、ありとあらゆる価値観や思想体系、ジャッジから自由でなければなりません。そうでなければ次の時代を作り出せないからです。全てを抱合し、人を無限の可能性へと誘い、そして人々が失った力を取り戻すものである必要があると思います。

そしてもう一つ重要なことは、ただ自由になるだけでは不十分だと言うことです。かつて精神的な修行者は山にこもって修行することもありました。そのまま山から下らず、世の中と縁を切る人もあったと聞きます。しかしながら、政治的な側面も含め問題が山積しているこの時代において、ただ自由になるだけでは世の中をよくすることは出来ません。山にこもっても戦争はなくなりません。ただ自由になるだけではミッションを生きることは出来ないのです。

人を究極に自由解放し、そして再びこの世界で使命を生きられるようにすること、そのような潜在的パワーを持つ究極の学びが私の出会った「観術」です。この先の見えない時代において地球を丸ごとバージョンアップさせられる希望の種であると私は理解しています。

つまり、私がやろうとしている、「観術をベースにしたカウンセリング」とは、今まで世の中になかったものなのです。従って、カウンセリングという呼び方が妥当だとも思ってません。私がやりたいのは革命であり、生き方革命、認識革命なのです。名前はさほど重要ではありません。

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