宝くじ

宝くじと言えば思い出す逸話があります。

確かアメリカの話だったと思いますが、もともと貧乏だった人が宝くじで大金を獲得したという話でした。確か、もともとトラック運転手をしていた人だったと記憶しています。

当選しただけならとても羨ましい話ですし、この話はラッキーな話として語られるでしょうけれども、結局この話のオチは、その人はお金があるという状態に馴染めずに浪費してしまい、結局また元の貧乏に戻ってしまったという話でした。この現象は色んな言葉で語ることが出来るでしょうし、このような現象には名前もついていると思います。人は、本来自分がそうであると無意識的に信じているセルフイメージから抜け出せないのです。

それは例えば、もともと愛された家庭で育った人が特に苦労しなくても社会に出てから人に好かれたり、あるいは逆に虐待家庭に育った人は初期設定として自分は人から愛されないと信じているため、どうあがいても人から好かれないという現象に似ています。もちろん、後者の場合でも努力すれば改善の余地はあると思いますが、前者と後者では天と地ほどの差が人生にあります。

人は、自分が何者であるかという無意識のセルフイメージからは逃れられないのです。これこそが私が自己責任的な考え方こそが無責任だと考える所以です。人は、誰かから助けてもらわなければ立ち上がれないことがある。それが私の考え方です。

では、自分が何者なのかというのは、幼少期に遡れば分かるものなのでしょうか。精神分析すれば何か大事なことが分かって、全ての問題は解決するでしょうか。私はそうは思わないです。これこそがアイデンティティの問題であり、そしてそこで悟りが持つ無限大の価値と可能性が潜んでいるのだと考えています。

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